別館U
別館1へ戻る
 
2、WESTERN ELECTRIC 757A LOUDSPEAKER
←伊藤喜多男氏作300B シングルアンプ
←伊藤喜多男氏作CRESCENT RA 1501-5 PREAMPLIFIER EQUALIZER SELF-POWERED
←KENSONIC Accuphase T-100=PHILIPS LHH200R=CS−PCM-TUNER MDR-1000

ウェスタン・エレクトリック WE757-A
 (ステレオサウンド社 WESTERN ELECTRIC SOUND より)
『757』は、1947年に発表されたニューライン・オブ・ワイドレンジ・ハイクォリティ・スピーカー・シリーズ中の2ウェイ・システムで、主に放送局用のプログラムソース・モニターとして使用されたものである。
低域ユニットは、『728-B』12インチ(30.48cm)型ダイレクト・ラジエターで、本来はフルレンジ・ユニットとして開発されたものである。中・高域は、『713-C』レシーバーとKS-12027ホーンが組み合わされている。
 『713-C』はアルミ合金製のダイアフラムを持ち、高域は15.000Hzまで伸びており、カヴァレッジ・アングルは水平、垂直とも90°となっている。この2つのユニットは、702-Aディヴァイディング・ネットワーク(1kHz)および700-A アッテネーションパネル(HF用)により、きわめて滑らかに結合されている。
本機は明瞭度の高い美しい音が特徴で、ウエスタン・サウンドの一方の雄といえるものだ。第2次世界大戦後生まれのこのシステムは、現代のプログラムソースにも充分に対応できる、きびきびとした反応のよさがあり、胸のすくようなスピード感は圧巻である。しかもその中に、伝統の音の厚みと表現力の多様さが色濃く残されているのだから、エンスージャストにはたまらなく魅力的である。『757-A』の外形寸法は、幅30.5インチ(77.5cm)、高さ20インチ(50.8cm)、底面奥行13.75インチ(34.9cm)、上面奥行11.25インチ(28.6cm)という前面傾斜型エンクロージュアで、モニター・ブース前方の壁に傾斜面が下を向くように設置されるのが正式である。バッフル面は粗い板紙の繊維をモールドして形成した音響処理材が貼られているため、箱鳴りなどのノイズは皆無。周波数特性は60〜15.000Hzで、インピーダンス4Ω、許容入力30W(ピーク)、重量82ポンド(37.1kg)となっている。
'WESTERN ELECTRIC 757A LOUD SPEAKER SYSTEM
(ウエスタン エレクトロニクス)
USE-wired program; recoding studios; program distribution; broadcast station
monitoring
★power handling capability: 30watts speech and music peaks 
★frequency response: 60 - 15,000cycles/second ★sound level: (with warble
frequency souce 500-2500cps at level above 10 ̄16watts sq. cm. at 30feet on axis at power indicated) : 93db  ★angle of coverage -90degrees
★recommendd speaker enclosure (total enclosure) 13cu. ft.
★diameter (overrall): 301/2"w×13 3/4"×20"h ★weight: 82pounds
★contains: 728B loud speaker, 713C receiver, KS-12027 horn, 702A network and cabinet ★4 ohm
★$479.20
 
 
 
 
 
 
WE 728-B Receiver
 いま見ても、12インチ(30.48cm)・ユニットにしては浅い頂点のコーン紙に、4インチの大口径ヴォイスコイルを与え、奥行を3.78インチ(9.60mm)強に抑えた設計は、この上なくユニークである。これは明らかにフルレンジ再生とスペー ス・セイヴィングを第一義に考えた構造でる。マグネットは俗に壺型と称される、漏洩磁束を極小に抑え、磁場中冷却 で異方性を高めた強力なアルニコ・タイプ。磁化には、もちろん「マグネタイジング・コイル」が必要である。コーン紙に は間隔の狭い1山2本線のコルゲーションが1ヵ所設けられ、センターキャップ状の部分も、ヴォイスコイル・ボビンを 取付ける段差を作り、そこからあらためてドーム状に盛り上げてプレスするという、たいへんに凝った一体成型品になっている紙のコーンだけに、さすがにスパイダー〔ダンパー)レスというわけにいかず、布の樹脂含侵コルゲーション型が採用されているが、その幅の設定も実によく検討された跡をうかがわせる。なおコーン紙のエッジはフィクスト型 だが、ヴィスコロイドが塗布され、逆共振による中域のディップを防止している。ヴォイスコイル・ボビンはフェノール製である。型番から類推しても、本機は1930年代後半から40年代にかけてベル・ラボで研究・開発が進められていたことは、間違いないと思われる。
40年代半ばに発表されたカタログに本機の開発コンセプトが載っているが、これが恐ろしく高度な内容である。
@広帯域再生 Aレスポンスが均一であること B低レベルの再生時でも、あらゆる種類の歪が減少させられていること C正確な過渡応答を実現する適度なダンピング特性と、リニアリティを改善することD広範囲に均一な音響エネルギーを拡散できること E突然のピークパワーに対応できる耐入力特性をもつこと。いまのエンジニアで、フルレンジ・ユニットの分野において、これらの命題に対して真正面から取り組む者が、全世界で果たして何人いるだろうか。研究費と研究者の多募ではない。「志」の高さと情熱の問題なのである。 多分、ベル・ラボにとってもウェスタンにとっても、よき時代に開発されたユニットであったのではあるまいか。
 さて、この『728-B』が、また泣かせる音を奏でるのである。熱い血潮が流れている、とでもいうのだろうか。12インチ・ユニットの常識を破るスケールの大きな、威風あたりをはらう雄大な鳴りっぷり。加えて切れ味鋭い再現性。本機の設計時の「志」の高さは、やはり音に如実に現れているのである。再生周波数レンジは60〜10,000Hz、ヴォイスコイル・インピーダンスが4Ω、カヴァレッジ・アングルは50°を確保している。つまり先の6条件は、ほぼ完全に満たされている。本機をウーファーとして使っても、これまた素晴らしい。外形寸法は直径12.34インチ(31.35cm)、奥行3.78 インチ(9.60cm)、重量は17ポンド(7.7kg)。

           (ステレオサウンド社 WESTERN ELECTRIC SOUND より)
 
 
WE757A(管球王国 2007 SPRING Vol.44より)
ウエスターン757Aは、FM/AM放送局やレコーディングスタジオなどのモニター用として1947年に開発されたシステムである。使用ユニットは、12インチ口径フルレンジ「728B」と「713C」ドライヴァー+「KS12027」ホーン、そして「702A」ネットワークと「700A」アッテネーターによる2ウェイ構成で、クロスオーヴァー周波数は1kHzである。エンクロジュアは密閉型。主なスペックスは、周波数帯域60〜15,000Hz、耐入力30W、インピーダンス4Ωとなっている。「757」タイプのドライヴァーには「A/B/C」の3タイプがあり、「A」はアルミ合金製 振動板を採用したヴォイスコイル・インピーダンス16Ωのモデル、「B」はフェノリック振動板でヴォイスコイル・ インピーダンスは4Ω、そして本機で採用している「C」は、
「A]と同じ振動板を搭載し、ヴォイスコイル・インピーダンスは4Ωとなっている。「757」内部には、前面バッフルとネットワーク側以外のすべての面に紙製の吸音材が貼られている。 なお、本機は製造された数が極めて少ないため、日本国内にあるオリジナルシステムは20本程度と思われる。
●型式:2ウェイ2スピーカー、密閉型●使用ユニット:L.F.・WE728B、
  H.F.・713Cドライヴァー+KS1207ホーン
●クロスオーヴァー周波数:1kHz(702Aネットワーク)
●インピーダンス:4Ω)
●最大許容入力:30W
●再生周波数帯域:60〜15.000Hz
●外径:約W775×H508×D337mm
●重量:36.9kg


WE 713-C Receiver
 グレイに塗装されたなんの変哲もない外観、磁気回路を構成するポールピースには、何ヶ所か溶接された痕もなまなましいタイプがある。外形寸法は直径4.3125インチ(10.95cm)×奥行4.875インチ(12.38cm)というコンパクトさ、重量
も8ポンド(3.6kg)程度のため、超弩級ユニットを見なれた目には、いささか頼りなさげに映るのも無理からぬことだ。しかし、このレシーヴァー・ユニットが絞り出すサウンドの、とてつもない実在感と爽快感は、まさに格別で、かの『594-A』の血筋をまぎれもなく受け継ぐ、正統的なものである。確かに4インチ・ダイアフラムのエネルギー感には及ばない部分がないわけではない。だが、それを補ってあまりある近代性と、品格とデリカシーを併せ持つ。『713-C』に範を仰いだドライヴァー・ユニットの数は限りないほど多いが、音で超えたという話はついぞ聞いたことがない。これほど本機の持つ驚異的なパフォーマンスを如実に証明する事実はないだろう。『713-C』は757-Aモニター・システムの高域ユニットとして用いられる。この『713-C』は『713-A』(1942年開発)を原型とする。同社は当時、光学録音装置などを除くシアター・サプライ部門から撤退していたが、ベル・ラボとE.R.P.I.(1941年からウェスタンの一部門、E.R.P.D.となる)ではレシーヴァーの研究開発が続行されていた。その成果の一つがこの『713-A』で、同社では初め
 てのパーマネント・マグネット型高域レシーヴァーとして製品化、753-Cモニター・システムに搭載される。ダイアフラムはアルミ合金製で厚さ0.002インチ(0.051mm)、ヴォイスコイル径は2インチ(5.08mm)、エッジはロール・エッジ、インピーダンスは16Ω(『713-B/713-C』は4Ω)である。当時、鉄とニッケル、アルミニウム合金磁石にコバルト、銅、チタンなどを添加して改良する技術が急速に進歩しており、また、ある特定な方向において磁性が高くなるように磁場中冷却をかけたり、材料の凝固時に特殊な鋳型を用いて結晶組織を一方向に揃える、異方性磁石の製造法が確立されたための採用だと思われる。ただし、これらのいわゆるアルニコ系磁石は、きわめて硬く脆いため、通常の鋼材のように鍛造や圧延は不可能である。成型法は鋳造のみであり、精度が必要な部分は切削加工に頼らざるを得ない。この難しいマテリアルを、ウェスタンはいち早く使いこなし、バック・プレッシャー型高域レシーヴァーに採用したわけで、いつもながら、その先進性には驚かされる。

          (ステレオサウンド社 WESTERN ELECTRIC SOUND より)
  
 
 
伊藤喜多男氏製作「CRESCENT RA 1501-A 」プリ
 
 
 
 
 
 
 
伊藤喜多男氏製作 300B BASIC AMPLIFTER
 
 
 伊藤喜多男さんのアンプ製作記事
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
伊藤喜多男氏製作 プリアンプ 石井義治氏製作 RCA50 
ロフチン・ホワイトアンプ


 
RLOWTHER TP-1{PM-3}(ローサー、ラウザー)
 ←LS3/1A用アンプ←SCOTT 121Cプリアンプ←THORENS・TD135
LOWTHER PT−1 Speaker System
Corner horn speaker system  
★uses Lowther PM3 6"coaxial driver with mechanical crossover at 4,000cos,phase stabilizer, and open voice coil radiation for highest frequencies
★frequency response : 30 to 20,000cps
★dispersion uniform for all frequencies over angle of 180degrees 
★power rating : 6watts continuos, over 60watts peak on program material
★magnet : "Ticonal G"
★flux density : 22,000gauss  
★bass resonance below 10cos
★efficiency: 50% or better 
★frequencie above 150cps radiate directly through wide diffusion hone near tpo cabinet 
★back radiation of frequencies below 150cps freed through compression throat into longhorn and emerge at bottom of cabinet
★medium or dark mahogany finishes  
★47"h×32"w×21" along corner ★$495,00 1954

   ラウザー(ローサー) PT-1の猫足は珍しいです
THORENS TD-135
THORENS トーレンスについて   (山中敬三氏著「オーディオ博品館より)
 製品のすべてに共通したポリシーを貫き通すというのが、オーティオメーカーのような場合には特に大切ではないか と思うのだが、実際問題として会社のスケールが大きくなり製品の種類も多様化するにつれて、そうした一貫性が段
 段と希薄になってゆく傾向があるのは残念ながら事実である。西独のトーレンス社はその意味で、しっかりと自己の ポリシーを保ち続けてきた貴重な存在といえよう。1838年にハーマン・トーレンスによってスイスのサンテクロワに創 設されたこの由緒ある会社は、もともとミュージックボックス(オルゴール)のメーカーとして発足し、その後機械式蓄音器をいちはやく手掛けて名を成した。そしてその後は当然のこととして、電気式のフォノモーターの製造へと、着実にオーディオメーカーとしての基盤を固めていったのである。 しかし何と言っても同社が世界的に知られるに至ったきっかけは、1957年に発表したユニークなベルトアイドラー方式のターンテーブルTD124で、当時ようやく本格化し始めたLPレコード再生用として、スイスの精密機械工作技術が随所に発揮された同機は、一般水準をはるかに抜いた素晴らしい性能で注目され、以来このモデルは十余年という長い期間にわたり最高級のターンテーブルとして名声を欲しい侭にしたのである。
H.H.SCOTT.INC. Model 121-C
"Dynaural" Equalizer-Preamplifier

Frequency Response 19 to 35,000 cps separate continuously variable rolloff and turnover controls 
★NARTB tapeplayback equalization
★separate dass and treble controls 
★continuously variable dynamic noise suppressor for both rumble and scratch 
★extra subsonic rumble filter switch
★tape monitor switch 
★loudness compensation switch 
★hum 85db below full output 
★maximum output: 15volts 
★low impedance main output with separate low impedance tape recorder output before and after tone controls and noise suppressor
★inputs(9): 2 magnetic, 78-trans,NARTB-tape, 5 high level:phono levelcontrol 
★separate level controls for all high level input
★continuousiy variable phono load impedance control 
★d.c. on filaments
★three a.c. convenience outlets 
★tubes: 2-12AX7, 3-12AU7, 6AV6, 6X4 ★131/4"×43/4"×93/4" 12lbs 
★$169

B.T.H モニター用アンプ
STANNOY DUAL CONCENTRIC MONITOR BLACK 12"{1953}+NEW 12"LANCASTER
  ←石井義治氏作RCA50 ロフチンホワイト メイン
 
タンノイレキュタングラーヨーク 12インチ・ブラック入り
TANNOY タンノイについて     (山中敬三氏著「オーディオ博品館より)
 英国の数多いオーディオ製品の中でもタンノイは、わが国のオーディオファイルやレコード愛好家の間で最も知られ、かつ馴染み深いブランドの代表格といえよう。同社は1926年、後年自社のスピーカーシステムにその名を残すことになるガイ・R・ファウンテンが、ロンドンに電気製造会社を設立したのが始まりである。ファウンテンの開発した電解整流器の差異増が最初の目的であり、その商品名をタンノイとしたのだ。この一風変わったブランドは、その整流器に使用したタンタル合金(Tantalum Alloy)から取られたもので、創立者自身にとっても、後になってそれが、オーディオ製品の名だたるブランドに発展するとは予想だにしていなかった筈だ。かくして同社はまもなくラジオやダイナミックスピーカーの分野にも進出し、特にPAつまり高出力の音響機器では、戦前から既に英国有数のマーカーとしてその名を知られるまでに至った。同国では今でも拡声器と使ってPAすることを「タンノイする」という人がいるほど、それは一般にも浸透したのである。そして同社のこのようなキャリアは大戦の終了した後、ハイフィディリティの勃興とともにこの分野にも大きな花を咲かせることになった。つまり当時として画期的な同軸型高性能スピーカー・デュアルコンセントリック・ユニットの開発を1947年に成し遂げたのだ。 同軸型スピーカーユニットそのものは、2年前にアメリカのアルテックランシング社がデュプレックス・ユニットを既に発表しているのだが、タンノイはしかしこれとはまったく別に、独自の発想で造り上げたのであった。 当時の正式な型名をLSU/HF/15Lと呼ぶ、このデュアルコンセントリック・ユニットのきわだった特徴は、まずHFセクションが38cm口径ウーファーの磁気回路を貫通して構成されたコンプレッションタイプであることだ。磁気回路のサンターポールの内側がホーンのスロート部となり、開口部はそのままウーファーコーンのカーブにつながり、ホーンフレアー部の役割を果たす組合せである。この構造はちょうど同時期にアメリカのジェンセンが開発したG610トライアキシャル・ユニットとよく似ているのだが、タンノイのユニークさはHFユニットの磁気回路をウーファーのそれと共有しているところにあった。外磁型の磁気回路の前後にマグネチックギャップを設けるというきわめて巧妙なアイディアにより、とにかく複雑で大型化しがちな同軸型を、合理的でスマートな形にまとめているのが凄い。HFユニットのダイアフラムは5cm径のアルミ合金製で、ボイスコイルもアルミ線が最初から採用
 され、マルチホールタイプのフェージングプラグと組み合わせ、高域特性を飛躍的に伸ばすことを実現している。 これは当時の英国のスピーカーユニットとしてまさに画期的な性能を備えていたわけで、発表してまもなく世間の注目を浴びることとなった。
 
 

私の所有する装飾品です
ホアン・ミロ作 ジャイアント
@
R. LALIQUE ラリックのスワン

ラリック社は、1905年、天才的宝飾デザイナー、ルネ・ラリックによってパリに設立されました。彼は1906年に香水商コティーから香水瓶のデザインを依頼され、それを契機に本格的にガラス工芸へ転向。フロステッド・クリスタルを効果的に使った幾多の名品でアール・デコを代表する名声を確立しました。その類まれな創造力や技法は、息子のマーク、孫娘のマリークロードへと受け継がれ“クリスタル・ラリック”の名はさらに輝きを増している。
@
                LLADRO 『麗しのバレンシア』
ポーセリンアート《リヤドロ》
顔だちの美しさが手づくりの繊細さが物語る。リヤドロは、地中海オレンジ海岸の古都バレンシアが生んだ炎の美術品。スペイン人の心の底には、こんなにも深い静けさが秘められて糸のですね。スペイン建築の父エルシドの伝説と、千年をこす陶工たちの血統とを伝え、古くから芸術家が住みついたバレンシア。そこではぐくまれた芸術一家リヤドロの、画家そして彫刻家である三人兄弟が創作するポーセリン(陶器)アートです。細密な小片をたんねんにあわせ、熟達の工芸師たちが時間を忘れて、かたちを仕上げいきます。そして、リヤドロ秘法の釉薬を数度にわけて、1350℃の高温で焼成するのです。ベルリンで、ニューヨークで、美術品コレクターがリストを手にして待ちうけています。
(1984年輸入元;三井物産カタログより)
@

Meissen

マイセン『猿の楽隊』
マイセン猿の楽隊 または猿の楽団をフルセットで持っていたのは購入当時、日本に3人しかいませんでした。
22点、高さ12〜16.5cm・楽譜台 高さ9cm

ヨーロッパ陶磁の最高峰、マイセン。1710年、巨大な富を持ち、東洋陶磁器を熟愛したザクセンのアウゲスト公の命により、ルベ河畔のアルブレヒトブルグ城に開窯された同窯は、現在も手作りによる精緻な作品を世に送っている。
歴代の作品のなかには、今も不滅の人気を誇る傑作が多く、この『猿の楽隊』もその一つです。1731年から1775年までの約40余年の歳月に渡って同窯の発展にひ尽くしてきた、偉大なアーティスト、ケンドラー発案の作品です。彼は始めの頃、大きな陶彫像を手がけていたが、1733年にアウグスト公が没した後は、イヌ、サル、小鳥など小動物や人物像づくりに類希な才能を発揮している。額面を見つめるコンダクター、楽器を奏で、あるいは美声を放つアーティストたち...。総数40体の『猿の楽隊』シリーズは1747年、ケンドラーが手がけ、その後、ライニッケによって1765年完成を見た。マイセン特有の水彩絵のようなタッチで描かれた華やかなロココ調の意匠を身に着けた猿達は、約13〜16の細かな部分ごとに手作りされ、一体に型づくられて焼きいれされたもの。名窯ならではの技術の結晶。ケンドラーは、当時貴族社会の流行していたオペラへの風刺を意図したと伝えられているが、猿でありながら、猿を超えて人間の表情をリアルに描き出し、さすがはマイセンの風格です。衣装はその時により色も模様も変える。
マイセン『猿の楽隊』は購入時21体(+楽譜台)で構成される壮大なスケールの作品です。「怠け者なのに高い地位にいる人間の象徴」、「オペラ嫌いのアウゲスト公が皮肉って作らせた』とかいわれていますが、逸話を生むほどの歴史がありま。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


Meissen
羊飼いの二人
 
Meissen
成型ルードヴィッヒ・ツェプナー、装飾ハンス・ヴェルナー「千夜一夜物語」を題材に風俗画風の人物像を多彩色による上絵付けでオリエントの魅力的なコンビネーションを作り出した大きな花瓶です。
 
Meissen
成型ルードヴィッヒ・ツェプナー、装飾ハンス・ヴェルナー
@
 
 
Meissen
 
 
 
 
 
 
 
 
Meissen
 
 
 
 
 
Royal Copenhagen
ロイヤルコペンハーゲン 『ブルーフィッシュ』 (シーラカンス)
1755年デンマーク王室擁護の下に設立されました。以来「真に良いものしか生み出さない」という思想に基づき、芸術品とも呼ばれるほど格調のある製品を創り続けてきた。おおよそ3億5000万年前より生息していたと言われる「シーラカンス」は、化石の上のものとして、数千年前に恐竜と共に死滅したとされてた。しかし、1938年12月に南アフリカ東海岸でグーセン船長の魚網にかかった1尾がシーラカンスそのものだった。このシーラカンスは、学名を「ラティメリア・チャルムナイ・スミス」とつけらた。その名は、グーセン船長からラティマー女史、さらにスミス博士へと幻の魚を現実のものにしていった人達と捕獲場所チャルムナ河口沖に因んでいる。東アフリカ沖のコモロ諸島の人々の間では、古くからこれを「ゴンベッサ(幸運)」と呼び、幸福をもたらす縁起の良い魚だとの言い伝えがある。彫塑家ジャンヌ・グリューは、このシーラカンスから強烈な印象を受け、青の釉(うわぐすり)を用いた陶器でこれを表現し、「ブルーフィッシュ」として発表しました。この作品は、素晴らしい未知のものに対するロマンを呼び起こす。1972年(昭和47)秋、昭和天皇・皇后陛下が訪欧された際、ロイヤル・コペンハーゲン社を見学され、記念としてこの「ブルーフィッシュ」と同じものが陛下に献上されました』。 
 

『キブネギク』
(1985年・秋)
貴船菊。キンポウゲ科の多年草。丈は一メートル足らず。
アネモネ属ですが花は菊に似ています京都の貴船神社の周辺で多く見られたので、この名前がつけられました。
中国原産。
『ニワウメ』
(1986年・春)
庭梅。中国大陸中部の原産。
日本には徳川時代の初期に持ち込まれ庭に多く植えられました。
ユスラウメと違い観賞用の春咲く花として親しまれています。

バラ科の落葉低木。
『クロマツ』
(1986年・秋)
黒松。マツ科の常緑樹。アカマツと共に日本を代表する松です。
シーボルトは、クロマツが日本の庶民の生活に関係が深く、
幸福と長寿のシンボルとなっていることに興味を持ちました。
『アジサイ』
(1987年・春)
紫陽花。シーボルトはアジサイが好きで、日本人の愛妻、楠本滝の“お滝さん”の呼び名をとってこの花の学名にHydrangea Otaksaとつけました。
ユキノシタ科の落葉低木です。
『サザンカ』
(1987年・秋)
茶花。俗に山茶花と書きます。
ツバキ科の常緑低木。山口県、四国、九州、沖縄に広く分布する。
花も少なくなる初冬に咲く花として愛されています。
ツバキ同様、椿油がとれます。
『ヤマブキ』
(1988年・春)
バラ科の落葉低木。枝が細く、風に振り動かされる
様子から、万葉集には山吹、あるいは山振と書かれ、歌も十七首おさめられています。
日本の他に、中国大陸でも見られます。
『ハマナス』
(1988年・秋)
浜梨と書きます。ハマナスの呼び名はハマナシがなまったもの。
寒い地方の海岸の砂浜に群生するバラ科の落葉低木。赤い大きな花が特徴です。果実も大きく、食べられます。
『フジ』
(1989年・春)
日本に野生するマメ科のつる植物で万葉時代から愛され、歌にもよまれています。ウイステリア・シネンシスの学名は、シーボルトが中国が原産地と感違いしてつけたものです。
『ツワブキ』
(1989年・秋)
本州、沖縄、台湾、朝鮮半島、中国大陸にかけての海岸に分布しています。
キク科の常緑多年草。秋に黄色の美しい花を咲かせます。
葉は厚く光沢があり、葉柄は食用にもなります。
『キリ』
(1990年・春)
ノーゼンカズラ科の落葉木。成長が早く、
湿気を寄せない特徴があるところから昔は女の子が生まれるとキリを植え、
嫁入りの時にタンスなどに仕立てて持たせたといわれます。

Royal Copenhagen
『ロイヤル・コペンハーゲン・ヤポニカ』

ロイヤル・コペンハーゲンは1770年デンマークの科学者ミューラーが国内原料で初めて磁器の焼成に成功。当時の王妃ジュリアン・マリーの支援で「デンマーク磁器製作所」を開設。1779年、王立の窯となり、「王立コペンハーゲン磁器製作所」と呼ばれ、以来100年余り王室専用の窯として制作にあたる。そんな中で生まれたのが、ロイヤル・コペンハーゲン窯の代表作「フローラダニカ」。1790年、国王クリスチャン7世が、ロシアのエカテリーナ2世への贈り物としてつくらせたのが始まりといわれる。この「フローラ・ダニカ」は、デンマークに成育する植物をそのまま器に再現しようという着想のもと、『フローラ・ダニカ(デンマークの花の図鑑)』に記載された2600種もの花々が描かれることになっていたが、1796年にエカテリーナ2世が没すると、1802点まで及んだフローラダニカの製作はうち切られ、これらの製品はデンマークの国宝としてローゼンボー宮殿に保存される。これらの製品の内、現在約700種類が商品化されている。1868年、ロイヤルコペンハーゲンは王立から民間の手に移行し1885年に招かれたアーノルド・クローによって、ロイヤル・コペンハーゲンの名は揺るぎ無いものになっていく。ロイヤル・コぺンハーゲンの作品には、王冠(デンマーク王室御用達を表す)と、3本の波線(デンマークを囲む3つの海峡を表す)と、ペインターのサインが入っている。デンマークの花”という意味のフローラ・ダニカには、デンマークの野に咲く花々が、一つ一つ手描きで繊細に描かれている。シーボルトの「フローラ・ヤポニカ」(日本植物誌)から選ばれた10のモチーフでキリン・カルチャア・クラブのオリジナル企画で1958年より配布された。草や花木のはないろは、赤、黄、紫と色とりどりの美しさ...。10種類のデミタスカップ&ソーサーはその季節季節の素晴らしいコーヒータイムを演出してくれる。

 

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
BING & Grondahl Christmas Plate
ビング&グレンダール クリスマス プレート
結婚以来集め続けています
 

   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
@
BING & GRONDAHL Mother's Plate
ビング&グレンダール マザー プレート
長男が生まれてから続けています

B & G
ビング&グレンダールは、1853年にビング兄弟とグレンダール氏が共同で設立したメーカーで、デンマークにおける初の民間経営磁器メーカー。同じデンマークにあるロイヤルコペンハーゲンは、王室使用の陶磁器製造をする製陶所として、デンマーク王室の援助により設立し。イヤープレートの歴史は1908年からです。共にイヤープレートだけでなく食器も作っていたが、1987年、ロイヤルコペンハーゲンがB&Gを買収し、以後、B&G名義の食器は製作されずイヤープレート(他、プレート、フィギュリンのみ)だけを製作し続けてる。
一年一年の思い出と共に毎年購入、この数になりました。

Baccarat  バカラの蜀台
1764年、ルイ15世の認可を受け創設されたバカラは、ルイ18世をはしめ王侯貴族に愛用されてきた。2世紀余りの歴史と伝統に養われた技術と品質、“The Cristal of Kings"と呼ばれる栄光を獲得しています。尽きることない情熱をもち最高の品質とクリスタルの美を追求しつづけるバカラは、“光の芸術”ともいえる
20.000種にも及ぶ製品を作り出しました。数千種のカット技術を駆使し、光の効果を巧みに演出する重厚で華麗な美しさは、まさにクリスタル工芸の極致といえましょう。
 
 
フランスの骨董品
 
『ウエッジウッド』 (イギリス)
 イギリス陶磁芸術の黎明期に大きく貢献し、後に“イギリス陶工の父”と称されるようになったジョサイア・ウェッジウッ ドが、1759年に開窯。“クィーンズ・ウェア”の命名を許されたクリーム・ウェアやウェッジウッドの名を不滅にしたジャ
 スパー・ウェア、そしてファイン・ボーン・チャイナの完成など、陶磁器の新しい歴史を切り開いてきた、誇り高き名窯 です。このビヤマグは、その代表的なパターンの1つであるフロレンティーン・パターンのボーン・チャイナ。
 ターコイズ・フロレンティーンはトルコ色のエナメルで色づけされたパターンです。その名が示すとうり、イタリアルネッサンス時代の装飾がその基本になっています。

●ファインボーンチャイナすべての製品に、必ず記されているバックスタンプでス。ウェッジウッド社のシンボルマークにもなっているポーランド壺のマーク、品質を示すBone China、そしてMADE IN ENGLANDの文字。また余白があ った場合には、COLUMBIAなどの絵柄の名前や、W2714などの絵柄のコードナンバーが入ることもあります。他に、ジャスパー、クィーンズウェア、オープンウェア製品もありますが、それぞれバックスタンプが異なります」しかし、どの製品にもWEDGWOODは必ず入れられています。
 
『フッチェンロイター』 (ドイツ)
 1814年、ドイツ初の私企業陶磁器メーカーとして誕生したのが、フッチェンロイター。 自分の手で磁器を作りたいという絵付師カルル・マグヌス・フッチェンロイターの熱意が、時の王、バイエルン国王の心を動かし、王立以外の開窯を認めさせたのでした。現在、ヨーロッパ最大級の生産規模を誇る磁器メーカーへと発展しています。このビヤマグの“ブルーオニオン”はドイツ陶磁器の伝統的なパターンとして知られています。 このパターンは、マルコ・ポーロが、中国から持ち帰ったもので、もともと、柘榴とか、芍薬あるいは花や実、葉をモチーフにしていたのを、ヨーロッパの陶工がオニオン(玉ねぎ)と間違えてパターン化したものだと伝えられています。 ピューター製ふたの絵柄は酒蔵でビールを飲むババリア地方の兵士です。

●1814年創立のフッチェンロイターのバックスタンプは、ライオンのマークです。このマークは創立以来変わっていません。マークの下には窯の名前とGERMANYの文字。そのほか、製造年月日などは入っていませんが、最近はパターン名がドイツ語で記されています。 
サインはフッチェンロイター社会長ローランド・ドルシェナー氏
 
 
 
 

 
『ビング・オー・グレンダール』 (デンマーク)
 1853年に設立されたデンマーク王室御用達をつとめる名窯。
 白地に鮮やかなコバルトブルー、また花や動物、人形をかたどったデザインも有名で、絵画的な絵付けに独自の世界を展開してきました。
創業以来、同じ製造方法で丁寧に作られる製品には、職人の誇りをこめて、ひとつひとつサインが施されています。人気のクリスマスプレートは、1895年以来、1年も欠けた年がないことでも有名です。このビヤマグのパターンは同社を代表する“クリスマスローズ”です。
●三本の柱を中心に、デンマークのコペンハーゲンで作られた陶磁器であるという文字で囲まれているバックスタンプです。B&Gは、国民のために焼き続けるようにという理念の持って窯設立した、ビングとグレンダールのイニシャルです。
三本柱のマークは、コペンハーゲン市の紋章をモチーフにデザインされたものです。数字はパターンを表します。 その下には、絵付け師のサインが手書されております。 
ビアマグにはB&G社社長エベ・シモンセン氏にサインが記されている。
 
 
『リチャード・ジノリ』 (イタリア)
 1735年、カルロ・ジノリ侯爵によって設立されたイタリア最古の名窯。鉱物学に造詣が深かった侯爵自ら磁土や彩色の研究に努め、イタリア初の磁器を完成させました。「イタリアン・フルーツ」に代表されるジノリの器は、その白さから
 “トスカーナの白い肌”と呼ばれ世界中から絶賛されています。このビヤマグのパターンは”イタリアン・フルーツ”。1760年頃にデザインされたこの華やかなパターンは、伝統的クラフトマンシップと貴族的な美的精神がみごとに合致したものといえます。南欧の田園ののどかさをモチーフに、明るいイタリアン・カラーで描かれています。

●リチャード・ジノリの製品であること、フローレンスのドッチア工場で作られたことを表すバックスタンプです。 ドッチア工場は高級ラインを製造しており、囲みの中が金色に塗られているのは、金絵付けを施した作品のため。また、ベッキオシリーズの作品には、アルファベットと数字が入れられており、例えばF-82とあれば1982年6月製造の意味で、Aが1月Bが2月...Lが12月になります。カポディモンテシリーズには王冠オマークの下にNマークが入り、ディピント・ア・マーノとあれば、手描きの作品です。
 リチャード・ジノリ社社長エルネスト・トロピアーの氏のサインが記されています
 
 
 
 
 
『ロイヤル コペンハーゲン ポーセリン』 (デンマーク
創設以来2世紀にわたってデンマーク王室と深いつながりを持つ名窯。1775年に王室御用窯として誕生し、1779年に王立磁器窯となってから1868年に民間経営に移行するまで、同窯の陶磁器は高い王室メンバーしか手にすることのできない作品でした。バックスタンプには「王冠に三本の波」のマークと商品番号、手描きの絵付けを施したペインターのサイン。「最高のものしか求めない」という王室伝統の精神は、少しも揺るぐことなく今日へと引き継がれています。
このビヤマグのパターン“ブルー・フラワー・ブーケ”は1780年にデザインされた最も人気のパターンです。水仙、けし、チューリップ、さくら草のどをモチーフに、コペンハーゲン・ブルーと呼ばれる同社独特の淡いブルーで描かれています。一筆一筆にかかる力の差によって生まれる、その水彩画のような色調は、
可憐な花々とあいまって、いかにも北欧らしい清楚な気品をかもし出しています。ふたは、デンマーク、ジョージ・ジェンセンのピューター(錫基合金)製です。シンプルなシェイプによく調和しています。
●王室との深いつながりから、王冠を使うことを許された同窯のシンボルマークは、三本の波型、デンマークの主要海峡「大ベルト、小ベルト、スンド」を表します。波型の右は絵付けしたペインターのサイン。
ロイヤル コペンハーゲン ポーセリン社長ヨーゲン・フォグ・ピーターセン氏のサインが記されています。

 
『アラビア』 (フィンランド
1873年にスウェーデンのロールストランド製陶所の子会社としてフィンランド創立、1916年に独立した北欧最大の窯です。デザイン重視の経営方針で、北欧を代表するデザイナー、陶芸家を次々と起用、伝統に縛られることのない新鮮な作品世界を広げています。製品のほとんどはストーンウェアで、デザインとともに機能性に優れ、そのままオーブンにも冷蔵庫にも入れられる丈夫なつくりが特徴です。本作は、同社が誇るストーンウェア。絵柄はフィンランドの国民的叙事詩「カラワラ」をモチーフに同社屈指の女性デザイナー、ライヤ・ウォッジキネンさんが、カレワラの心を託した村人や動物達をファンタジックに描きあげました。
●北欧最大の陶磁器メーカー、アラビアのバックスタンプは、1874年に“ARABIA”の文字から始まりました。その後いろいろと形が変わり、現在使われているマークは、工場のチムニー(煙突)をデザイン化したものです。発表年度、品質を保証するブランドマーク、アラビア社製造部門支配人ハリー・ブロムスター氏や絵柄をデザインしたライヤ・ウォッジキネン氏、シェイプをデザインしたタピオ・ユリヴィーカリー氏のサインなどが記されています。
 
『アウガルテン』 (オランダ)
アウガルテン窯の前身ウィーン窯は、1718年マイセンについで創立された。ヨーロッパの最古の窯のひとつ。1744年には、女王マリア・テレジアのてによって王立窯となり、芸術の香気高い作風をはなひらかせました。現在もトレードマークとして使われている盾形紋章はこのとき女王から特に使用を許されたものです。以来、一時閉鎖の不運にみまわれながらも、新しい工房をハプスブルグ王家の離宮アウグステン城内に設け、王家の窯としての誇りと伝統を守り抜いています。手作りの伝統をかたくなまで守るため生産量少なく、ヨーロッパでも「幻の作品」となっている。このビヤマグの絵柄は、その名も“マリア・テレジア”18世紀後半、陶磁器をこよなく愛した女王マリア・テレジアに敬愛をこめて捧げられた絵柄です。彼女が狩猟用に別荘で使う食器のために、デザインが起こされました。花の生気をうつしとったかのようなグリーンの色調、みごとな呼応をみせるゴールドライン。ミセス・クッチが8年かけて手描きました。
ビール樽を模ったオリジナル・シェイプ。
●底部には製作年度、品質を保証するブランドマーク、ウィーン磁器製陶所アウガルテン社長アーネスト・ガベルツィッヒ氏のサイン、ペインターのなどが記されている。
 
『ロイヤル・デルフト』 (オランダ)
ポールスレンヌ・フレス社は1653年オランダ窯業の中心地デルフトに設立。ヨーロッパ陶芸史上最も伝統ある窯元のひとつであり、17世紀よりオランダ船で運ばれた日本や中国のやきものを手本に、「デルフト・ブルー」と呼ばれる独自の陶器を完成させた。このビヤマグの絵柄はロイヤル・デルフトの天才的な絵付師、ヤン・デッセンス氏が担当。オランダを象徴するチューリップとされた絵柄とビールの原料ホップの花がモチーフになっている。
●1903年オランダの王室からロイヤルの称号を与えられたデルフト。手描きされるバックスタンプは、1876年現在のマークになりました。ポットとロゴはデルフトの製品であることを表します。注文から頒布まで9年間もかかった為サインが前社長のデッカー氏のものとなっている。
現社長コスター氏のサインのものもあるそうです。
 
『マイセン』 (ドイツ) 
ヨーロッパ磁器の歴史はマイセンから始まります。ザクセン選帝侯アウグスト二世の命により、磁器の研究を続けていた錬金術師ベットガーが、1709年ヨーロッパで初めて白磁の焼成に成功。翌1710年、アルブレヒト城内に王立磁器工房が置かれました。マイセン窯の誕生です。今なお世界で愛される「ブルーオニオン」や「インドの花」は1700年代、マイセン窯の初期に完成されたもの。以来3世紀、二振りの剣が交差する“青い双剣”のマークが印された芸術品の数々は、王者の威厳と風格をたたえ世界の頂点に君臨しています。
●二本の“青い剣”は、ザクセン公の衣服の袖に付けられていた意匠に由来すると言われ、280年余りも昔から伝わる物です。この剣は、時代と共に変遷を重ね、その作品の時代を考証する1つの手がかりともなります。一方、同じ青釉で引かれた短い線は、ピーターマン総裁のころから付けられたもので、いろいろ説があり、何を意味するのかわかりません。赤い数字はペインターナンバーを、さらにすかし数字は、シェイブナンバーを意味する物です。
 
 
『レノックス』 (アメリカ
大統領の晩餐会を彩るディナーウェアで有名なレノックスは、ニュージャージー州の陶工ウォルター・スコット・レノックスによって1889年に設立。1916年に発表した艶やかな象牙色のレノックス・チャイナが、ニューヨーク5番街のティファニーの店頭を飾り、一躍全米の注目を集めました。後に、評判を耳にした時の大統領ウィルソンが、正餐用食器としてホワイトハウスに迎え入れたのです
 
 
『ベルナルド』 (フランス 
フランス中部のリモージュはセーブルと並ぶ磁器の町。ベルナルドは1863年に創立し、王室御用達となり、ナポレオン三世妃ユージェニーに愛されました。白い磁肌を生かした作風に定評があり、上品な王朝風の金彩や可憐な花柄からは、フランスのエレガンスが伝わってきます。
●1863年にフランス、リモージュで設立されたベルナルドは、リモージュのみならず、フランス最大の規模を持っています。とくにシェイプとデザインが豊富なことは、フランスで他に並ぶものがありません。バックスタンプはシェイプやパターンによって様ざまなものが使われています。
 
 
『KPM』 (ドイツ) 
1763年、ドイツ史上最も傑出した統治者のひとりフリードリヒ二世によってベルリンに創立されたのがベルリン王立磁器製陶所(KPM)です。芸術性豊かな王自らが陣頭指揮をとり、他のどこの窯にもましてロココの気品にあふれた典雅な食器の数々を作り出していきました。その伝統を受け継ぐ手づくりの陶磁器は、白く輝く磁肌に写真的な絵柄など、18世紀の宮廷文化をそのまま伝えます
 
『ミントン』 (イギリス)
1793年、彫刻師のトーマス・ミントンが設立。豪華に金を盛り上げていく装飾技法やエッチング、絵画的な手法などを駆使し、貴族趣味の香り高い器を制作。ヴィクトリア女王も「世界で最も美しいボーン・チャイナ」と絶賛した、各国王室愛用の名窯です。
●ミントンのベステセラー、“バトンホール”のバックスタンプには、同シリーズのデザイナー、ジョン・ワドワースのサインが入っています。そして一番上にはパターン名。その下には王冠をいただいたミントンのマーク。
 
『リチャード・ジノリ』 (イタリア)
 
 
『ヘキスト』 (ドイツ)
マイセンに次ぐドイツ第2の古窯。1746年、マイン川畔の小さな町、ヘキストにマイセンを退いた絵付け師によって開かれました。独自の白磁工房を持つヘキストは、現在も18世紀そのままに磁器土の配合から焼成、フリーハンドの絵付けまですべて一貫したマニュファクチュア方式によって生産。
どれもがこの世にふたつとない逸品です。
 
 
『ヘレンド』 (ハンガリー)
1826年の開窯以来、エキゾチックなシノワズリの作品とともに、ヨーロッパの貴族たちのテーブルを飾ってきたヘレンド。その精緻な細工、艶やかな色づかいは、すべて手作業ならではのもの。英国ヴィクトリア女王、オーストリアのフランツ・ヨゼフ皇帝など、世界の王侯貴族や名家に愛された数多くのエピソードが残されています。
●1826年創業のヘレンドのバックスタンドの中央の紋章は、ハンガリー国家の紋章で1842年以来ヘレンドに使用が許されています。紋章の左半分の横線はハンガリーの4本の川を象徴し、右半分のダブルクロスは10世紀末にハンガリー国民がキリスト教に改宗した事実を、その下の3つの山はハンガリーが最大の領土を持っていた頃の代表的な山を示しています。紋章の下の数字は製品番号、20は国別番号で日本を、その下の番号は絵付師番号です。
 
 
『景徳鎮』 (中国) 1985
中国陶磁窯最大の中心地。約1000年前の五代の時代に中国南方ではすでに磁器が焼かれていましたが、中でも最も上質な白磁を焼成していたのが景徳鎮です。宋代の影青、元代の青花(染付)などの優れた技法はヨーロッパの磁器文化に多大な影響を及ぼしました。このビヤマグは『百花争艶」の中を駆ける“麒麟”が生き生きと描かれています。絵付けには、景徳鎮が清代に開発した“粉彩”技法が使われました。この技法を用いると、ガラス質の釉肌の上に
描くのと違い、微妙な色彩の濃淡、ぼかし、陰影が可能となります。フランス人はその粉彩磁器の精微優美さを称えて“薔薇釉”と名づけたほどです。
パターンは、中国で「発展」や「無限の可能性」を表す“駆ける麒麟”です。
景徳鎮の芸術し瓷廠に所属する中国屈指の“美術家”葉冬青先生が、キリン ビヤマグ コレクションの為に特別に描きあげました。
「薄きこと紙の如く...」と形容される薄胎磁器でシェイプが作られています。
 
 
『柿右衛門』 「錦花鳥文」麦酒杯 (日本) 酒井田柿右衛門作 
柿右衛門窯は、約380年、十四代にわたって、世界に知られた柿右衛門様式の伝統を守りその華麗な文様と白磁の技法を今日まで伝え続けています。
このビヤマグ、素地(磁肌)は、染錦絵付用白磁。有田の石から胎土を作り、素焼、本焼、赤絵窯と重ねて焼き締められています。すっきりとシェイプされたフォルムが、現代的な魅力を気品高く演出しています。絵模様は、上絵の色絵付
。伝統の柿右衛門様式をとり、太湖石に宿る二羽の鳥を中心に、大輪の菊花が左右に枝をのばした、典型的な意匠が、彩どり鮮やかに描かれています。
さらに、柿右衛門独特の余白の美しさが、使う人の豊かなイメージを誘って魅力的です。下部には、エチゾチックな菊唐草を巻いて全体を引き締め、モダンな感覚をプラスした逸品です。
 
 
『ヘレンド』 (ハンガリー) 1986
ヨーロッパの山野に見られる小鳥をモチーフに描いた“ロスチャイルド・バード”は19世紀のヨーロッパに絶大な影響力を及ぼした大富豪ロスチャイルド家のために1850年に創作されたパターンで、ヘレンドの中でも最も古い作品のひとつです。この由緒ある絵柄と、ヘレンド最大の特徴ともいえるロココ様式のうろこ紋様(ユカイユ)が、ビヤマグを典雅に彩っている最高の。パターンはすべて手描きです。ヘレンドには“マスター・ペインター”と呼ばれる最高の技術を持つペインターが現在20人いますが、今回、この中の5人が参加しました。
12種あるバリエーションの中からビヤマグのシェイプにあわせて選んだ小鳥のパターン2種が、ボディの左右にそれぞれ愛らしい細密に描かれています。
名画をも思わせるようなそのみごとな筆致は、ヘレンドではならの名人芸といえましょう。また、作品に豪華な気品を添える金彩は、最高級の24金です。ビヤマグのシェイプは、キリン ビヤマグ コレクションのためのオリジナル。ヘレンドのチーフ・モデラー、マジョール・ラズロさんが今回特別に製作しました。
 
『バカラ』 (フランス)
 1764年、ルイ15世の認可を受けて、パリから東へ約400kmに位置するバカラ村に誕生。 1823年のフランス産業製品博覧会では、透明度の高いクリスタルと繊細なカット技法に注目が集まり、見事金賞を射止めました。多彩な技法と男性的な豪華さ、デザインの装飾性で、ルイ18世をはじめ多くの王侯貴族に愛され、「王者たちのクリスタル」の名をほしいままにしています。このビヤマグのデザインは、パルメと呼ばれるエッチング と大胆なパネルカットによって構成されています。いずれもバカラ社を代表するデザインですが、この組合せは、バカラ社が、とくにキリン コレクターズ 
クラブのために実現したオリジナルです。
 
『ドーム』 (フランス)
 ドーム工房が創業したのは1878年。創始者の息子たちオーギュスト(兄)とアントナン(弟)は、彫刻家や画家ととも に数々の傑作を創作。1965年には、製法が途絶えていた古代エジプトのガラス技法パート・ド・ヴェールの復元に成功し、数多くの作品を発表しました。アール・ヌーヴォー、アール・デコを経て現在に至るまで、8代にわたって芸術運動の最先端で活躍する高級ガラスメーカーです。 このビヤマグの不思議な光彩を放つメダリオンは“パート・ド・ヴェール”と呼ばれる製法で成形されています。この製法を用いると、ガラス内に数百万の泡が発生。深遠な色彩と光が得られます。酸化鉛含有率24%以上のレッドクリスタル用いて、限りない透明感と流麗な曲線美を、ナンシー工房のチーフアーチストが完全なハンメイドで作っています。
 
『サン・ルイ』 (フランス)
 1586年、ミュンツタールという名称でロレーヌに誕生。2世紀後の1767年、ルイ15世の目にとまり、守護聖人であるサン・ルイの名をとって「王立サン・ルイガラス工場」となり、1780年、フランスで初めて鉛入りのクリスタル製造に成
 功しました。フランス宮廷に愛され続け、現在も各国王宮、大使館御用達として人々を魅了し続けている優美できら びやかなクリスタルです。このビヤマグは、サン・ルイ社の200余年の歴史の中でも、1867年に100周年を記念して
 製作して以来、2度目の製作。上部を飾る24金蒔きのヴェニス風装飾は“ティッスル”と呼ばれるサン・ルイを代表するパターン。巧緻を極めた金象嵌で、微細な帯状の模様がつけられています。金象嵌に24金を用いているには、他 に類をみない豪華さ。35%もの酸化鉛を含む最高級レッド・クリスタル製のシェウプ。
 
『オレフォス』
スウェーデンの小さな村で1726年、鉄工所として産声を上げたオレフォス。1898年頃から瓶類や窓ガラスなどの生 産を始めていましたが、1917年、ガラスについての経験を全く持たない若いふたりの画家を迎え入れ、本格的なクリ
 スタルの制作に着手。個性的なデザインと熟練した職人たちの技で、その名を世界に知らしめました。清澄な森の空気を凝縮したかのような輝きが印象的です。このビヤマグは、北欧の海水にも勝る透明感と輝きをベースに繊細なエ
 ングレービングとカッティングで“ファイア・ワークス”と名づけられた花火の模様が描かれています。1921年に著名なデザイナー、エドワード・ヘルドによってつくられたこのモチーフをオレフォス社のトップアーティスト、オリー・アルベリウス氏がその絵柄をモチーフにシンプルな美しさが漂うように新しくデザインされました。
 
『モーゼル』 (チェコスロバキア
 1857年の創業当時から、腕のいいグラヴィール職人を集め、その卓抜した技法で不動の地位を築いたモーゼル。フランスの作家バルザックが“王様のガラス”と称えたボヘミア・クリスタルです。このビヤマグを彩る絵模様は、 モーゼル・ガラス工場屈指のアーティスト、ルーボス・メテラーク氏がチェコのザーツ地方で栽培されるポップ。伝統のボヘミア・クリスタルをベースに、精巧なグラヴィール技法できゅう花やつるなどが生き生きと描かれています。ボヘミア・クリスタルは、ブナの木灰からとったカリを原料として透明度を出すチェコスロバキア伝統のクリスタル。 鉛分を入れて透明度を出す一般のクリスタルに比べて軽量で硬度が高く、キズついたり腐食することが少ないほか、彫刻や金張り装飾には優れた適正を発揮します。
 
『コスタ・ボダ』 (スエーデン)
 北欧の代表的クリスタルメーカー。1742年に設立されたコスタ・ガラス工房と、同工房から独立した職人によって1864年に創立されたボダ工房が、1963年に合併して誕生しました。マイスターと呼ばれる技術者の熟練した技と独創 的なデザイン。北欧の清冽な大自然をそのまま結晶させたような製品は“最高の透明感”と謳われ、創立以来、スウェーデン王室御用達の栄誉を獲得しています。このビヤマグは、“最高の透明感”と謳われるクリスタルにグレーピング、カッティング、ペインティングとコスタ ボダ社が240余年にわたって磨きあげた伝統の技を駆使して幾何学模様が彫られ、24金のゴールドが手塗りされています。このパターンは、高級ワイングラスなどの装飾として、1920年代に創作されたもの。スエーデン人の大富豪として知られるグスタフベルグ製陶所のオーナー、オディルベルグさんの威厳に満ちた髭にひらめきを得てデザインしたことから“オディルベルグ”と名づけられました。1930年代にはデザインが一部修正され、名称も“ジュニア・ゴールド”と改められています。同社を代表するアーティストのひとり、ベント・エデンファルク氏が、ビヤマグのシェイプにあわせてシンプルにアレンジしました。クリスタルを厚くした重厚感あふれる底部や把手の造形に伝統が活かされてます。
 
『ラリック』 (フランス)
 フランソワ・コティの依頼で香水瓶のデザインを手がけたのをきっかけに、ガラス工芸の世界に進出。1905年に社を興し、その才能を発揮したアール・デコを代表するデザイナー、“ガラスの詩人”ルネ・ラリック。透明クリスタルと表面を白濁させたフロステッドクリスタルの美しい調和が、多くのラリックファンを魅惑の世界へと誘いますこのビヤマグのデザインは、ラリック社の会長であり、創設者ルネ・ラリックの孫娘でもあるマリークロード・ラリックさん。把手にビールのホップが大胆にデザインされています。モチーフは、南フランスのプロヴァンスにある彼女の別荘の庭に、偶然にはえていたホップです。把手のそのユニークなフルムに、マリークロード・ラリックさんのアートセンスがうかがえます。素材は、透明クリスタルに特殊な技法を施して半透明にしたフロステッド・クリスタル。
 ラリック社のフロステッド・クリスタルは、サテン(繻子)のようななめらかな肌あいが優雅で美しく、その技法はラリック家の秘伝とされています。
 
『バル・サン・ランベール』 (ベルギー)
1825年、当時ベルギーを支配していたオランダ国王ウィリアム一世の要請によって設立。古都リエージュ近郊にあったバル・サン・ランベール修道院を工場として買い上げ、第一歩を踏み出しました。以来、ヴェネチアン・グラスの色被せ技法と、ボヘミアン・グラスのカット技法を織り込みながら、独自の世界を確立。その華麗な作品は“ベルギーのロールスロイス”と謳われ、愛好家を魅了しています。このビヤマグは、透明なクリスタルの上に薄い色ガラスを重ねる色被せ技法と、ボヘミアン・グラスの流麗なカット技巧 とを、見事にひとつに結晶させたスタイルは、バル・サン・ランベール社がもっとも得意とするもの。この美しいクリスタルに、1820年代から愛され続けてきた同社の代表するパターン“デコール・ダンス・ド・フロール(花の精のダンス)”を配したパターンです。このモチーフは、春を祝うギリシャ神話。その情景がサンドブラスト加工で浮き彫りされ、24金の金粉で豪華に彩色されています。また、曲線美が印象的なシェイプは、キリンコレクターズグラスのために、今回特別にデザインされたオリジナルです。
 
『ヴェネチア』[C・A・M工房] (イタリア)
 レース技法やミルフィオレなどの画期的なデザインによって、近世ヨーロッパの王侯貴族の垂涎の的となったヴェネチアガラス。美しさを追求する変わることのない情熱と傑出した技術が“焔の芸術品”としての名声を今も保ちつづけ
 ています。イタリア ムラノ島のC.A.M.(Compaginia Artistic Murano)は、1090年に発足したムラノ島ガラス職人組 合で、ヴェネチア・ガラスの本拠地ムラノ島の半数以上のマエストロが加盟する伝統のある組合です。このビヤマグは、17世紀のヴェネチアン・ワイングラスをアレンジしたもので、ヴェネチア・ガラス技法の最高峰と言われるレース技法を駆使して作られたオリジナルです。白色ガラスに透明ガラスを巻きつけてレース模様のガラス棒“フィリグラン”を作り、その“フィリグラン”と“フィリグラン”を重ねて、美しい網目模様に仕上げる“レティ チェロ”技法で完成させました。現在この技術を持つマエストロは、僅かに数人。その一人、この道35年というモルッキ氏が製作。網状のレースを合体させてつくる網目模様と網目に残る泡の輝きは、まさにマエストロの技とセンスの結晶。
 
「テレジアンタール」 (ドイツ)
 1421年創業のガラス工房。現在のブランド名は、バイエルン国王ルードヴィヒ一世妃テレジアによって名づけられました。グラヴィールの繊細さ、ヴェネチアに由来する技法の華麗な玉飾り、繊細なカットやエナメル装飾。美の探究者、ルードヴィヒ二世が限りなく愛したといわれるバイエルンガラスの歴史が息づいています。このビヤマグの素材は、バルト・ガラス(森林ガラス)と呼ばれるバイエルン独特のカリ・クリスタル(樹木の木灰を混ぜたもの)。デザインは、17世紀ドイツに登場したフンペン・グラスをイメージしたものです。直線的でありながら、微妙な曲線を描いて引き締まってゆくフンペン・グラスの独特の美しいボディー。ボトムには、アンティークグリーンのと把手と同色のラズベリー風のポイント装飾とさざなみのようなフリルをあしらって、色ガラスと透明ガラスの絶妙なコンビネーションを見せています。さらにトップには豪華な金彩、サイドには19世紀(ビーダーマイヤー期)のモチーフから採られた可憐なバイエルンの野の花スズランがエナメル彩で描かれいます。
 
『ベルラ』 (ルーマニア)
1972年、ハンドメイドの工房として創業。アール・ヌーヴォーの巨人、ガレの技法であった“カメオ・グラス”“カメオ・アシッド”の再現に成功、その高い工芸レベルが注目されています。
 
『ベルラ』 (ルーマニア)
1972年、ハンドメイドの工房として創業。アール・ヌーヴォーの巨人、ガレの技法であった“カメオ・グラス”“カメオ・アシッド”の再現に成功、その高い工芸レベルが注目されています。
(日本)
『マイセン・クリスタル』 (ドイツ)
18世紀、硬質磁器の制作に成功したマイセンの地に、クリスタルの技術も開花していきました。 優れた品質と美しいカッティングの細工を施したマイセン・クリスタルが誕生したのです。マイセン窯と密接な関係を持ち、クリスタルの装飾にもマイセンの熟練の技を受け継ぎ、磁器に描かれた絵をクリスタルに置き換えて制作するなど、マイセン磁器とのアンサンブルを楽しむことができます。
『ウォーターフォード』 (アイルランド)
 クリスタルを、光の芸術たらしめたウォーターフォード 。1783年創業、当時の技法は200年を経た今も変わることなく受け継がれ、世界有数のハンドメイドによるクリスタル・メーカーとして君臨。貴族や富豪に長く愛され続けています。
 
KIRINビアマグコレクション
Kirin Culture Clubでは、ビールにまつわるさまざまな活動の一環として、世界の名窯製オリジナルビヤマグを発表・頒布。この結果、『キリン ビヤマグ コレクション』は、世界20カ国以上の陶磁器・ガラスメーカーによる作品をひとつに括る、他に類を見ない「価値あるビールの器」としての一大コレクションとなっています。これまで発表してきた作品の中には、ドイツのマイセン、中国の景徳鎮、フランスのセーブルなど世界の陶磁史を語る上で重要な名窯によるものが含まれており、また、バカラ、サン・ルイなど世界的なクリスタル・ガラスメー
カーの名門の作品、さらには、現代日本の陶芸作家による限定制作の作品もラインアップされている。
私は1979年から入会し1986年のClub News Vol.21に紹介されました。
 (説明文はKIRIN BEER MUG COLLECTIONの少冊より)
 
『マイセン』 『リチャード・ジノリ』
イタリアン・フルーツ
『ヘレンド』 
セーブル風小薔薇金彩
『ヘレンド』
ヴィクトリア 
『ウエッジウッド』
クタニ・クイーン 
『ロイヤル コペンハーゲン』
ブルーフルーテッド・フルレース
『リチャード・ジノリ』
アンティックローズ
『マイセン』
『ウエッジウッド』
ワイルド・ストロベリー
『リチャード・ジノリ』
イタリアン・フルーツ
 
 
 
 
 
 
アンティーク・セーブル(フランス)1700年代
 ヨーロッパ最高級の磁器として、マイセンと並び称されるフランスの国立窯。
 ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール夫人が王室御用達だったヴァンセンヌ窯をセーブルに移設、1759年に国窯となり、フランスの文化と美を伝える磁器を生み出していきます。現在でも18世紀と同様ロクロを回して制作、そのほとんどがフランス国家のために作られるので稀少性が高く「幻の窯」とも呼ばれています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古いかき氷のコンポート(日本)
別館1へ戻る
本館に戻る
 ▲トップページへ